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パーソナライズは、自分を凝り固める

パーソナライズは、自分を凝り固める

いつもの店、定番の注文、身内での話や笑い。ああいうものは、心地いい。楽しいし、何より“わかっている”。落ちどころが読める安心感がある。言い方を悪くすれば、ぬるま湯だ。ずっと浸かっていたい。

でも、ぬるま湯は気持ちいいまま、時間だけを溶かす。ある時ふと、「あれ、自分いまイタズラに時間を溶かしてないか?」と気づく。心地よさと引き換えに、何も動いていない。

これはリアルの人付き合いでもそうだ。ただ、Webとデータ、SNS、そしてAIの時代では、この“ぬるま湯化”が加速する。しかも厄介なのは、自分にそのつもりがなくても、そうなるように設計されていることだ。

「あなた好み」は、いつの間にか作られている

ブラウザや検索エンジンは、こちらのことをよく知っている。検索履歴、何をクリックし、何を買ったか(コンバージョン)、そこから推定される年齢・性別・住んでいる地域・嗜好や思考の癖まで、だいたいバレている。

ここで一つ、誤解を解いておきたい。「自分で検索した結果すら、自分好みに操作されている」とよく言われるが、これは半分正しく半分は言い過ぎだ。検索結果そのものの個人化は、実はここ数年かなり控えめになっている(場所や直近の文脈は効くが、過去の履歴で順位を大きく入れ替える、ということはあまりしない)。

本当に強く効いているのは、検索結果ではなく、向こうから勝手に流れてくる側——おすすめ、フィード、広告だ。

リールは、あなたを煮詰めていく

いちばんわかりやすいのがSNSのリールやショート動画だ。自分で探しにいかなくても、好きなものしか流れてこない。しかも、そのなかでも“より刺さるもの”へと、どんどん絞り込まれていく。

もちろん、システムはずっと同じものを流し続けるわけではない。視聴維持が落ちる=飽きのサインを検知すると、少し違うジャンルを混ぜて反応を試す(レコメンドの世界では「探索」と呼ぶ挙動だ)。だから「絶対に新しいものが入ってこない」わけではない。

ただ、その探索はあくまで“あなたの近所”での試し打ちだ。50代のおっさんのフィードと、10代女子のフィードが、ある日突然重なることは基本ない。閉じてはいないが、強い引力で内側へ引き戻され続ける。気づけば、自分の好みは薄まるどころか、煮詰まっていく。

AIになると、これはさらに進む。対話の履歴やメモリでコンテキストが増えるぶん、出力はもっと正確に「あなた」へ寄っていく。便利さと引き換えに、寄せる精度が上がる。

便利じゃないか、という反論

ここまで読んで、こう思う人もいるはずだ。「いやいや、欲しいものに早くたどり着けるし、余計なものを見なくて済む。何が悪いの?」と。

その通りで、パーソナライズは基本的に“親切”だ。問題は、その親切が積み重なると、自分の思想が揺さぶられる機会——たまたま関係ない何かにぶつかる偶然——が静かに減っていくことにある。考えを変えるきっかけは、たいてい「見るつもりのなかったもの」からやってくる。そこが先に間引かれてしまう。

いちばん効いているのは、たぶん自分自身

ここが、この話のいちばん大事なところだ。

つい「アルゴリズムのせいで閉じ込められる」と言いたくなる。けれど実際には、アルゴリズムと同じか、それ以上に効いているのは自分の選択だという指摘がある。人はもともと、楽な方へ流れ、似た者と一緒にいたがる(この“似た者を好む”性質はホモフィリーと呼ばれる)。冒頭のぬるま湯そのものだ。

アルゴリズムは、それをゼロから作り出しているわけではない。人間がもともと持っている「楽をしたい・似た者といたい」を、鏡のように増幅している。だから“自分を凝り固める”の主語は、半分はテックで、もう半分は自分なのだ。これは救いでもある。仕組みのせいだけなら打つ手はないが、半分が自分の選択なら、自分で穴を開けられる。

だから、意図的に穴を開ける

固まらないために、日常でできることは案外シンプルだ。全部やる必要はない。ぬるま湯に、たまに冷たい水を差す感覚でいい。

まずは、画面の中で。

  • 「探す」と「流れてくる」を分ける。 結論を知りたい時はフィードでいい。考えを動かしたい時は、自分から検索して一次情報にあたる。受け身の時間ほど煮詰まりやすい。
  • わざと“逆”に触れる。 自分と反対の立場、違う世代、畑違いの分野を、意図的に読む。賛成するためではなく、揺さぶられるために。
  • たまにログアウトする。 履歴の効かない状態で世界がどう見えるかを、時々確認する。

本当に効くのは、体を動かす方だ

ただ、画面の中だけで穴を開けるのには限界がある。レコメンドの外に出たつもりでも、結局スマホの中にいるからだ。だから、いちばん効くのは体ごと日常の外に出ることだと思う。たとえば、こんなふうに。

  • 何の理由もなく、有給を取る。スマホを持たずに、降りたことのない駅で降りてみる。
  • メニューで、名前も知らない料理を頼んでみる。
  • 自分には絶対に必要ないものを、あえて買って、試してみる。
  • 一日だけ、誰か別の人になりきってみる。

どれも、効率で考えたら“ムダ”だ。おすすめされないし、コンバージョンもしない。でも、そのムダの中にしか、アルゴリズムが用意してくれない偶然はない。

楽じゃない方を、あえて選ぶ

これらをやる一番の意味は、はっきりしている。知らず知らずのうちに固定されていく生き方を、一度リセットすることだ。そのために、今の自分にできる範囲で、あえて“楽じゃない方”を選んでみる。それだけだ。

パーソナライズは悪ではない。ぬるま湯が悪でないのと同じだ。ただ、浸かりっぱなしだと、心地いいまま自分が固まっていく。心地よさは受け取りつつ、固まる前に、自分から少しだけ、楽じゃない方へ足を踏み出す。それくらいの距離感でいるのが、ちょうどいいんじゃないかと思う。

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